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Voltage Mercury 湯島本郷店

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2023/09/16

台北・台南・台中の成り立ち

皆様こんにちは♪

台湾特集も第3弾!

今回は少しだけ歴史にも触れ、台北、台南、台中の

地域の違いについて調べてみました(^^)

 

台湾が歴史的に注目されるようになったのは、16世紀頃。

倭寇(当時の海賊)が活発に活動するようになり、

台湾が拠点地として使われることが増えました。

やがて、漢民族、日本人が恒久的に住まうようになります。

この時代、ヨーロッパ諸国は大航海時代!

ヨーロッパから多くの人が往来するようになる中で、

台湾の戦略的重要性に気づき、オランダ、スペインが侵入。

1800年代まで統治体制を築きました。

両国の統治は今の台北は含まれていませんでした。

というのも、鉄道網などがまだない台湾では、

船舶輸送に適した港湾が設置できる台南市や基隆市に

拠点を置いた方が都合が良かったためです。

台北が経済の中心になるのはそこから200年近く経ってからですので、

台南に歴史的建造物や古き良き街並みが多く残るのは、

そういった歴史的背景があります。

台南は台湾島で最も早く開けた土地です。

そもそも「台湾」という言葉は「台南一帯」のことのみを

指していた呼び名だったというので驚きです!

日本統治時代に本格的に中心地は台北に移りましたが、

その後も地方都市として発展をつづけました。

その為、台南は「日本の京都」に例えられる場所でもあります。

 

台北が経済の中心となったのは、

1880年代の台北府の設置、台北城(現在は城壁のみ)の建築に始まり、

1895年以降、日本による統治が開始された頃です。


台北は台湾の地理的に日本本土に近く、

新興都市であったことから都市計画が進みました。

当時は日本の重要都市として整備が進み、

日清戦争をきっかけにさらに加速します。

それまで1平方キロメートルの範囲であった台北を

数倍から数十倍の範囲に拡大し、道路、鉄道を整備し、

それにより、人口も急激に集中・増加しました。

1935年ころ、南北及び東区の急速な発展に伴い、

面積が100平方キロメートルに至らない台北市に

日本人8万人、台湾人18万人が居住するようになりました。

当時の台北市の人口は32万人を突破!

総人口530万人の台湾で、僅か0.003%の面積の台北市に

6.3%もの人口が集中していました!すごい(;・∀・)

その後は第二次世界大戦の日本の降伏に伴い、

大量の日本人が台北から引き上げ、現在の中華民国による統治に変わりました。

日本を含む様々な国の干渉を受け、現在の姿になったのですね。

 

さて、台北、台南につぎ、観光地としても歴史的にも外せないのが「台中市」です。

人口は台湾で2番目の280万人。

台湾の3大産業地区の一つです。

台北市や台湾最大の港がある高雄市まで片道1時間足らず。

2拠点の重要な中継地点として歴史的にも栄えてきました。

1705年に清朝の軍隊が駐屯地としたことも理由の一つです。

漢民族の移住、日本統治によりさらに開墾が進み、

南北の物流基地として栄えました。

また、年中を通して気候は穏やかで、

台風の影響も受けにくい地形から、

「台湾の人が住みたい街No1」にも選ばれ、

外国人も多く住んでいます。

台湾で3番目に大きなこの都市では娯楽やグルメはもちろん、

ノスタルジックな雰囲気も味わえ、観光客にも人気です♪

 

今回は3つの都市の歴史的成り立ち、

違いについて触れてきました。

次回は各都市の行ってみたい観光スポット(完全な個人的好み笑)をご紹介したいと思います♪

 

 

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